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東京地方裁判所 昭和45年(行ク)68号 決定

申立人 下野順一郎

被申立人 東京法務局日本橋出張所登記官

訴訟代理人 武内光治 外一名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一、本件申立

「被申立人が東京都千代田区丸の内一丁目八番地を本店所在地とする住友金属工業株式会社につき昭和四二年五月二二日付をもつてした商号登記の効力を申立人に関する限度で停止する。申立費用は被申立人の負担とする。」との決定を求める。

(右申立ての理由)

一、申立入は昭和四五年七月一八日わが国有数の製鉄企業である住友金属工業株式会社(以下、A会社という。)の従業員であるが、同会社に対し雇傭契約違反を理由として慰籍料の支払を請求する趣旨の訴えを東京地方裁判所に提起したところ(当庁昭和四五年(ワ)第八、二五七号事件)、その訴状は右会社とは別個の申立の趣旨記載の商号登記を有する住友金属工業株式会社(以下、B会社という。)に送達された。これがため、申立人は右訴訟の進行上不利益な地位に置かれているが、そもそも、被申立人がB会社の申請に基づきA会社と紛らわしいB会社の商号登記をした行為には違法な瑕疵がある。

二、よつて、申立人は被申立人を相手方として当裁判所に右商号登記行為の取消を求める趣旨の本案訴訟を提起したが(当庁昭和四五年(行ウ)第一八八号)、その判決確定までB会社の商号登記存在するときは、A会社との前記訴訟の進行に手間取り回復困難な損害をうけるおそれがあり、これを避けるため右登記の効力を停止する緊急の必要があるので、本件申立に及んだ。

第二、当裁判所の判断

申立人は、本案訴訟において、登記官吏を被告として、既になされた商業登記の抹消を求めるものであるところ、本件がかりに申立人主張のごときかしがあり、実体的に登記の効力が疑われる場合であつたとしても、ひとたび登記簿上に登記が現出せしられた以上は、右登記はその名義人の利益に属するものであつて、これを除去しうるのは、商業登法第一〇九条第一項各号に定める事由に当るほかは、当該名義人の意思に基づくか、同名義人に対して既判力の及ぶ判決の効力に基づく場合に限るものと解すべきである。しかるに本案において申立人が主張するところは、本件登記が商業登記法第二四条第一三号ないし第一四号に当るものとしてその取消しを求めるものであつて、主張自体において理由がないことが明らかである。よつて、本件申立ては行訴法第二五条所定の要件に当らないからこれを却下することとし、申立費用については民訴法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 小木曾競 山下薫 海保寛)

意見書

本件申立てはこれを却下する

申立て費用はこれを申立人の負担とするとの決定を求める。

理由

第一、本件の本案訴訟は不適法な訴えであるので本件申立ては却下されるべきである。

一、申立人は本案訴訟において、訴外住友金属工業株式会社の商号登記の抹消を訴求している。ところで登記官が商号につき商業登記簿に所定の事項を記載することは、行政行為である公証行為の範疇に属するものであつて、それによつて新たに国民の権利義務を形成し或はその範囲を明確にする性質を有するものではないので右登記は行政事件訴訟の対象たる行政処分ということはできない(昭和四五年六月二九日東京高等裁判所第三民事部判決)

したがつて本件の本案訴訟は不適法な訴えである。

二、さらに抹消登記も既にした登記処分の単なる取消ではなく登記の一つであるところ商業登記法によれば、登記は法令に別段の定めがある場合を除くほか、当事者の申請又は官庁の嘱託がなければすることができない(同法第一四条)。同法にいう「法令に別段の定めがある場合」とは、

(一) 同法第三三条の規定によつて商号の登記を職権で抹消する場合

(二) 同法第三七条第二項または第四〇条の規定によつてする商号の仮登記の職権抹消の登記

(三) 同法第四四条第四項の規定により職権で未成年者の登記について消滅の登記をする場合

(四) 同法第一〇八条第二項の規定により登記を職権で更正する場合

(五) 同法第一一〇条の規定により登記を職権で抹消する場合であつて(法務省民事局第四課編商業登記法逐条解説四八、四九頁)、本件の本案請求はこれに該当しないので、登記官は当事者の申請によらなければ抹消登記をすることは許されず、行政事件訴訟をもつて登記官に登記を命ずる旨の判決を求めることは許されない。さらに職権による抹消登記を求めるのは、当該官庁に行政権の発動を求めるならば兎も角、直接裁判所に訴求するのは恰かも行政権の作用に責任を負わない裁判所が行政庁に代つて登記をすることを求めるに等しく許されない。

第二、本件の本案訴訟において申立人の主張するような違法理由はないので、本件申立ては却下されるべきである。

申立人は本案訴訟において本件商号は商法第二一条によつて禁止されている「他人の営業と誤認する商号」であるので商業登記法第二四条第一四号に該当し却下さるべきであるのに、本件商号登記をしたのは違法処分である旨主張しこれが取消しを求めている。しかし商業登記法第二四条第一四号にいう「事件が法令の規定により使用を禁止された商号」とは、各種法令により、例えば銀行でないものがその商号中に銀行たること示す文字を用いる場合(銀行法第四条第二項)などであり、本件はこれらに該当しない。そして、商法第二一条に該当した場合当事者すなわち商号権者が当該商号を使用する者に対し、その使用の差止めを請求するのは格別、登記官が右商号の登記申請を却下することはできないのであるから、本件登記には何ら違法な点はない。

第三、申立て人には回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はないので本件申立ては却下されるべきである。

申立人は大阪市に本店を有する住友金属工業株式会社に対し訴を提起するに当り、右会社とは全く別個の会社である東京都に本店を有する住友金属工業株式会社の商号登記が有するがために何らの損害も発生しておらず本件申立ては理由がない。

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